ハナビシソウ


by yunatosi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2009年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

変化する環境

バードウオッチングを兼ねて近くの山を散策しました。
小鳥達も恋の季節到来で、シジュウカラ(落ち着きなく始終動き回るので、この名前がついたと言われています)、ヤマガラ、アオゲラなど色々な種類の鳥が美しい声で、鳴き交わしていました。
馬酔木(馬が葉を食べると苦しむことから付けられたと言われ、草食哺乳類は食べるのを避けるそうです)も満開です。
白やピンク、薄緑、薄黄色など木によって微妙に色の違うアセビが今を盛りと咲き競い、山の中は匂いが充満していました。
この木が多いという事は、それだけ鹿などの獣が沢山いるということで、植栽された木も多くは枯れて、一面ススキの原だった山頂付近も丸裸の寒々しい光景になっています。
動物愛護を叫ぶ人たちも大勢いますが、山林や農村にとっては大変な被害を蒙っています。
a0097298_16302228.jpg

a0097298_163213100.jpg

a0097298_16323469.jpg

[PR]
by yunatosi | 2009-03-31 16:36
今回は、熊本県で一足早い春を満喫しました。
早朝、新門司港に着き、雄大な阿蘇の外輪山の眺望を楽しみながら八勢目鑑橋に着きました。
県の重要文化財に指定されたこの橋は、安政2年に御船の豪商、林田能寛が私財を投じて作った日本で一番古い石橋です。矢部と御船を結ぶ「八勢の谷渡り」と言われる難所が容易に渡れるようになったそうです。
a0097298_16272515.jpg

a0097298_16274885.jpg

次に今回の旅行の主目的地である「通潤橋」です。
この橋は、水を渡す水路橋で、橋の上に3本の導水管が並べてあります。
この地、熊本県白糸台地は水の便が非常に悪く、その為農作物も満足に出来ないばかりか飲み水にも事欠いたそうです。そこで150年以上前、阿蘇の外輪山の南側、熊本県上益城郡山都町の五老ヶ滝川の谷に架けられた石組による用水のための水路橋です。人力のみで作られたその見事な技術に圧倒されます。今も活躍しているその橋は、灌漑利用の少ない農閑期には観光客用に時間を区切って20分程度の大規模な放水を行っています。放水の本来の目的は、石管水路の内部にたまった泥や砂を除くためだそうです。
a0097298_16562781.jpg

a0097298_16565823.jpg

a0097298_16572049.jpg


続きもよろしく
[PR]
by yunatosi | 2009-03-29 17:35

故郷散策

今日はお墓参りを兼ねて故郷の町並みを歩いてみました。
平成の大合併で亀山市に統合されましたが、関町は旧下総国関宿藩の城下町として栄えたところです。
歌川広重「東海道五十三次・関」として描かれているように、東海道の47番目の宿場町として往時は大変活気ある街だったようです。
鉄道が敷設されてからは歩いて通る人がなくなり、すっかりさびれてしまいました。
子供の頃には、荒れ果てて無住となった「関地蔵院」の奥にあるこんこんと清水の湧き出る池で水を飲んだり、大きな木の洞に住んでいるフクロウを見に行ったりしたものです。
そんな時、偶然「宮本光順さん」という尼僧が見に来られ、本尊の菩薩さまに一目ぼれをされて復興されたのです。たった一人でぼろぼろの障子や襖、畳まで替え、生い茂った木を伐り、獅子奮迅の活躍をして立派に再建をされたのです。
地元の人も関心のなかった「関地蔵院」のご本尊が、日本最古の字尾増菩薩として日の目を見、街も国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。
初めはあまり協力的でなかった人々も、その熱心さに触発されて次々と手伝いをするようになり、今では街中が何らかの役目やボランティアを楽しんで活き活きとしています。
いつも沢山の観光客が行き交い、開店休業状態だった多くの店を蘇らせ、活性化した町を置き土産に、光順尼は来られた時と同様に風の如く、さっと遥かな故郷へ帰っていかれました。
a0097298_23165816.jpg

a0097298_23202267.jpg

a0097298_23204257.jpg

帰りには、料理上手の知り合いの方から美味しいおはぎを頂きました。ありがとう
[PR]
by yunatosi | 2009-03-21 23:26

関門海峡ウォーク

往復船泊で、関門海峡を歩くというツアーに参加しました。
大阪から12時間半で、まだ薄暗いというより暗闇状態の新門司港に早朝5時20分に到着しました。
レトロを観光の目玉としている門司だけあって、駅に着いた途端レトロ満載です。文字も旧来のままです。まだ薄明の駅内を見学して回りました。
a0097298_1627021.jpg

そこからガイドさんの案内で、最初は和布刈(めかり)神社に着きました。この神社では、毎年12月晦日午前4時に神官が海中に入って水底の和布をかり、神前に供える神事があるそうです。ここから海に入って、和布を刈るようです。頭上には、全長1048メートルの関門橋が通っています。
a0097298_16393815.jpg

次はいよいよ主目的の関門海峡ウオークです。
関門海峡は、壇ノ浦の合戦から馬関戦争まで武家の時代の始まりと終焉の舞台となった海峡です。その場所を歩行者用トンネルで渡りました。780メートルを歩いたのですが、県境を越えるので随分遥かな距離に感じます。
(馬関戦争
幕府による安政の開国後も過激な攘夷政策をとっていた長州藩と、英仏蘭米の列強4国との間に起きた武力衝突事件)
長州砲も沢山海を睥睨しています。台座が木製なのが、ものの哀れを感じさせます。
a0097298_1656387.jpg

a0097298_16575963.jpg


続きます
[PR]
by yunatosi | 2009-03-08 17:43